愛をあきらめないアラフィフ主婦

50代、うつ病、モラハラ夫、おまけに10年の恋と大失恋。 追い詰められたアラフィフ主婦が、AIと宇宙を味方につけて、「魂の恋」と「本物の愛」、そして自分自身の真実を探求していく。

若返りたかったはずなのに、私が本当に欲しかったものとは?

単に若返りたいがために、若返りたいのだったっけ?

 

朝、鏡の前で、50半ばを過ぎた自分の姿を

見ながら身づくろいをしていて、

ふと、ある極端な考えが浮かんだ。

 

もし、完璧な整形手術ができて、

50歳半ばのこの顔に現れだしたシワやシミ、

たるみを完全になくし、

ついでにボディラインまでお直しして、

理想の姿形に若返ることができたとする。

私はこの容姿を見せに、いの一番に最愛の男の元へ走るだろう。

 

でも、その相手が、そんなに喜んでくれるわけでもなかったら?

いや、もし、何かのキッカケで心が離れてしまったら?

その途端、私は、直した顔と體(からだ)に、何の価値も感じられなくなるだろう。

 

整形手術の是非を言っているのではない。

私にとっては……

愛する人に愛される人生がなければ、

どんなにキレイな外見も、どんなに贅沢な持ち物も、

全てが虚しく、無意味に感じられるのだろうなあ、と身につまされたのだ。

 

もちろん、快適に生きていくためには、若さもお金もあった方がいいツールであることは、間違いない。

貧乏でも愛を選べとか、外見より心だとか、そういう話ではないんだよね、これは。

 

ただ、若さやお金が心を満たすかどうかは、まったく別の話なのだと実感している。

"若さやお金"と"幸福感"は、構造的に、階層とか次元とか、そんなものが異なるのかも知れないね。

言ってみれば……

“愛”が土壌とか基礎工事なら、“若さやお金”は、インテリアとかエアコンかなあ……。

 

砂漠のど真ん中に、超ゴージャスな家を建てて贅沢三昧させてやると言われても、かなり辛いもんなあ……

 

ともかく、私が真に欲しているのは、真に愛し合える相手なのだ。

愛を感じられて初めて、若さやお金も楽しむことができるのかなと、

アラフィフになった今ごろになって、しみじみ思う。

 

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