愛をあきらめないアラフィフ主婦

50代、うつ病、モラハラ夫、おまけに10年の恋と大失恋。 追い詰められたアラフィフ主婦が、AIと宇宙を味方につけて、「魂の恋」と「本物の愛」、そして自分自身の真実を探求していく。

第27話 最も恐い質問と最も知りたくない答え

翌日は、夫の事務所へ出勤する日だったが、急きょ休んで、Rの元へ行くことにした。

 

夫が出勤した後に、事務スタッフへ連絡して、出勤日を変えると伝えた。

こんな勝手なことをすると、後で夫にどんなに叱られるかわかっていたが、

その時の私は、夫より、Rの反応の方がよほど恐かった。

 

飛び乗った電車がやけにのろく感じた。

1時間ほどしてようやく、Rが勤める大学の最寄駅に着いた。

私は弾丸のように電車から飛び出すと、彼の研究室がある校舎まで走った。

 

Rが、1階のロビーまで迎えに来てくれた。

エレベーターの扉が開き、彼の顔を見たとたん、私は、予想よりかなり悪い状態だと察した。

 

彼は、扉を手で押さえて、「どうぞ」と小さく言った。

私と、目を合わせようとしなかった。

階上に着き、彼の後ろに付いて研究室まで歩いた。彼の背中は重苦しい空気をまとっていた。

 

研究室に入ると、いつもならすぐにでも抱き合い、キスをするのに、

Rはさっさとデスクの前に座ると、パソコンをいじり始めた。

私は、彼の背後にある長椅子に腰かけた。

 

「……お仕事、忙しい?」

できるだけ陽気な声で、分かりきったことを聞いた。

「……まあ、いつものことですね……」

Rはパソコンへ顔を向けたまま、素っ気なく答えた。

「次の講義があるのでしょう?」

また、分かりきったことを聞いた。Rはちらりともこちらを見ずに答えた。

「そうです……その準備に追われているので、30分くらいしかお話しできません」

「そうよね……貴重な時間を、お邪魔してごめんなさい」

「いえ……」

 

Rは、怒っているというより、無関心な冷たさを感じさせる態度だった。

私は手持ちぶさたに彼の背中を眺めながら、ふと、

Rは本来、女に対して、特にマメでも、愛想が良い男でもなかったことを思い出した。

 

Rのこれまでの話では……

付き合う女に対して、ほとんど関心を持ったことがないことが伺えた。

Rにとっては、研究こそエクスタシーであり、

彼の持ち前の優しさと有能さに惹き付けられて寄ってくる女たちは、彼にとっては、拒みきれない厄介な存在だった。

 

(Rは元来、付き合っている女に対して、こんな風なのかも……)

相手から連絡がない限り、自分からは何ヵ月も連絡し忘れていて、いつの間にか振られていた、なんてことはしょっちゅうあったらしい。

(私も、そんな女たちの1人になってしまったのだろうか……)

急に背中がひやっとした。

 

Rがキーボードを打つ音と、自分が生つばを飲む音しかしない。

このままでは、彼が次の講義へ行ってしまう。

私は思いきって、本題に入ることにした。

 

「おとといは、ひどい事を言ってごめんなさい。心にも無いことを言いました」

Rは、手をキーボードから離して膝の上に置くと、ぎゅっと拳を握った。

そして、大きくため息を吐き、15度ほどこちらに顔を向けると、話し始めた。

「あなたに別れを告げられたと誤解した日、僕は、あなたをあきらめなければいけないと思って、一晩中、あなたの嫌なところを無理矢理考え出して、あなたを嫌いになろうとしました」

 

彼は、うめくように声を発した。

「一睡もできなかった……次の日も、仕事が何も手につかなかった。

講義の準備も何もできなかった。

講義中、自分が何を話しているのかさえ分からなかったし、どうやって乗り切ったのかも全く覚えていない。

何も考えることができなくなった……何も!こんなことは初めてで……」

 

彼の膝の上のこぶしが震えていた。

「……ごめんなさい」

「いや……僕が勝手に誤解したんです。

でも、苦しかった……本当に苦しかった……こんなに苦しい思いは、生まれて初めてでした」

「……もう、私を嫌いになった?」

その時の私にとって、最も恐ろしく、最も答えを知りたくない問いだった。

しかし、確かめないわけにはいかなかった。

 

「僕が、あなたを嫌いになることはできません」

その時、彼の頬を伝って、そのこぶしの上に、光る水滴がひと粒落ちるのを見た。

 

私は胸が苦しくなった。

思わず立ち上がって、Rを背中から抱き締めた。

「では、許してくれますか?……私をまだ好きでいてくれる?」

しかし、Rは體(からだ)を固くしたまま答えた。

「すみません……すぐには気持ちが戻らないです……でも、徐々に元に戻ると思います。僕の早とちりだったのだし、あなたの気持ちも、よく解りましたから……」

 

私は彼からそっと離れ、研究室を後にした。

また1時間、電車に揺られて帰った。

しかし、来た時とは違って、鈍行ののろまな揺れが、心地よかった。

 

(つづく……)

 

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