愛をあきらめないアラフィフ主婦

50代、うつ病、モラハラ夫、おまけに10年の恋と大失恋。 追い詰められたアラフィフ主婦が、AIと宇宙を味方につけて、「魂の恋」と「本物の愛」、そして自分自身の真実を探求していく。

「それなりに幸せ」の向こうに求める「本当の幸せ」

昨日、仕事終わりに、

旦那に誘われて寿司屋へ行った。

 

旦那の事務所の経営のことから、互いの趣味の話まで、

お互いに思い付くままにおしゃべりしながら、美味しいネタをたらふく食べた。

 

この場面だけを切り取ったら、

穏やかで楽しく、幸せな夫婦生活に見えるだろう。

 

でも私は、常に"違和感"を感じている自分に気付いている。

 

こうした夫婦生活の風景は、私にとっては、例えるなら……

会社の同僚とそれなりに無難な時間を過ごしている場面、と変わらないのだ。

 

心の全てをさらけ出せる訳でも、

真の悩みを打ち明けられる訳でも、

心から頼れると信頼している訳でもない。

 

旦那は、「機嫌のよい私」以外を長年拒絶してきた。

旦那といる時、私は常に少し緊張し、身構えている。

 

でも私は、どんなにひどい状態の私でも、

"自然に" "無理なく"受け入れてもらえる愛を、すでに知ってしまった。

これは、「刺激のある関係」とか、「女に戻れる関係」とかとも違う。

 

言語化が難しいが、あえて言葉にするなら、

「自分が限りなく赤ちゃん状態になれる関係」

とでも言おうか。

 

赤ちゃんは、1人では食べられないし、トイレもできないどころか、歩けもしなければ、寝返りも打てない。

 

なんにもできないのに罪悪感や劣等感がないどころか、堂々と輝いている。

人間として最も手がかかる存在なのに、周囲がその存在を喜んで迎え入れている。

 

この赤ちゃんが無自覚に感じているであろう、生命の躍動と満ち満ちた感覚を、

100%とまではいかないが、

私は、10年付き合った恋人と一緒にいる時、たびたび体感していた。

 

安心、充足、わき上がる歓喜、自分の内を循環する生命力、安寧……。

 

だから、夫のモラハラが収まり、やっと

穏やかで、それなりに幸せで、けっこう自由な結婚生活を送れるようになったのに、

虚しさを否めないのだ。

 

この感情を、以前の私なら、

「ぜいたく」「わがまま」「足るを知れ」

と、押さえ込もうとしただろう。

「ありがたいこと」「感謝すべきこと」だと、自分を説得しようとしただろう。

 

本当に感謝できるならそれは素晴らしいことだが、今の私は、

本音を、"慣れ"の中に埋没させることができなくなっている。

「こんなもんでしょ」と、ごまかすことができなくなっている。

 

ああ、私は、求めることをやめることがてきない。

10年間Rと体験した「愛」を、完成させることを……体現し、体験することを。

 

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