「お母さん、クリスマスの飾り付け、しないの?」
クリスマスが近付いてきたある日、息子に聞かれた。
当時小学5年生だった息子は、まだサンタクロースを信じていた。
インテリア好きな私は、息子が生まれてからというもの、毎年11月の半ばを過ぎると、さまざまなクリスマス飾りで、家の中も外も華やかに彩るのが愉しみの1つだった。
玄関脇のシンボルツリーに施す電飾などは、近所の人に、
「毎年綺麗ですね。前を通るのが愉しみですよ」
と声をかけてもらえる程だった。
しかし、Rと出逢ってからというもの、夫と暮らす空間を美しくしようという気力が、全く湧かなくなった。
むしろ、夫が食べた後の食卓や、無神経に使った後のトイレなどを掃除していると、得体の知れない怒りがこみ上げてくる。
「ごめんね。お母さん、体調が悪いのよ」
と謝り、息子のために、物置からツリーだけ腕に抱えて出して来た。
すっかり掃除が行き届かなくなった雑然とした部屋に、取って付けたように置かれたツリーが、かえって寒ざむしい。
息子は残念そうだったが、私は、これ以上心を偽って動くことができなかった。
自宅にとっくにクリスマス飾りがされているらしいRは、
「娘は、トナカイ用にクッキーを置きたがるんですよ。だから、娘が寝た後、私がコッソリかじって、歯形を付けておいてやるんです」
と愉しげに話していたことがある。
「ふーん……」
と、私は気のない返事をした。
その日は、前日から丸1日経っても、Rから連絡はなかった。
日曜以外は、毎日欠かさず数回は連絡をくれていたのに……。
昨日の電話でつい、「別れた方がマシ」と口走ってしまったが、いつも穏やかで冷静なRが、あの程度のことでへそを曲げるとは思えなかった。もちろん、当てつけや仕返しをするような人ではない。
この1日ほど長く感じた日は、それまでなかった。
(もしかして、本当に別れを告げられたと、誤解したのかしら……)
私は1日中不安で居たたまれず、家事も仕事も上の空だった。
なんとか仕事をこなして帰宅し、夕食の用意をしたが、息子に食べさせたものの、自分は喉を通らなかった。
帰りの遅い夫のおかずにラップをかけ、素早く片付けを済ませると、夜半にRへメールを送った。
「昨日は、ひどいことを言ってごめんなさい。『別れた方がマシ』というのは、もちろん本心ではなく、それほどあなたに逢えない時間が苦しい、と言いたかっただけです」
深夜0時を回っても、返信はなかった。
家族が寝静まった後、私は、いつもは消しているメールの受信通知音をオンにして、リビングで本を読みながら、Rからの返信を待った。
しかし、ページをめくる手が動いているだけで、内容はちっとも頭に入ってこない。
じっとしていられず、台所へ立って紅茶を淹れた。
静まり返った夜ふけに、秒針の音だけが嫌味なほどゆっくりと耳に響いてくる。
Rが私の世界から遠のいていく気がした。
ティーカップを持つ手が小刻みに震えている。
その時、リンと、メールの受信音が鳴った。
(つづく……)
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