ああ、私はあの時、羞恥心(しゅうちしん)のベールをはがされたのだ。
それは単に、全身をくまなく見られることへの羞恥を外されたのではなかった。
醜(みにく)い、汚い、恥だと、細胞にまで癒着していた鎧(よろい)のようなベールだ。
Rはカーペット敷きの床に膝をつくと、私の両太ももの間にゆっくり顔を近付けた。
花弁に熱い息がかかる。
私は震えた。
子宮に吹き込まれる火が、みるみる勢いを増していく。
私の體(からだ)は、あっという間に焔(ほむら)に包まれた。
ああ、燃える、燃える……その焔は、大蛇の舌のように私の奥まで届き、隅々まで灼いていく。
思わず声を上げる私の口を、彼の唇がふさいだ。
「しっ!静かにね……」
私はうんうんと苦しげにうなづくと、自分の口を両手でふさいだ。
やがて彼は立ち上がると、私におおいかぶさった。
イスの背もたれに置いた手と、座面の角にかろうじて着いた片膝で、自身の体重を支えながら、私の両脚の間に腰を割り入れてきた。
(え、最後までするの!?)
私の脳内にわずかに残る理性が、抵抗を起こしているのが判る。
ここは彼の"職場"であり、私が腰を下ろしているのは、ベッドではなく狭いビジネスチェアなのだ。
しかし、いつもの物静かで穏やかな男は、荒ぶる牡牛(おうし)と化していた。
なんとしても一体になろうと、体勢を安定させるために悪戦苦闘している。
日頃は物静かで知性的な学者のRが、完全に純粋な雄に戻っている姿を、とても愛おしく感じた。
彼に逢いたいと、私の体内で、肉を突き破らんばかりに暴れていた牝馬(めすうま)と、闘牛のように躍動していた牡牛は、ようやく1つになった。
殺風景な個室の研究室が、紺碧(こんぺき)の宇宙空間に変わった。
静かで、深く、満ちていた。
・
「こんな風になったのは、初めてだ……」
と、Rがつぶやいた。
深まる秋の気配に包まれたビルの、暖房もついていない一室で、彼は全身から汗を吹き出していた。
イスの背もたれに寄りかかって放心していた私は、床に座り込んでいる彼を見た。
「……そうなの?こんなことをするから、慣れているのかと思った……」
彼は、胸と背中を大きく波打たせながら呼吸している。
「僕はいままで、女性と付き合う時も、いつも冷静だったんです。
……というより、どこか冷めて眺めているところがあった。一方的に盛り上がっていく女性たちを」
初めて出逢った時から情熱的な彼しか知らない私は、そんなRの想像がつかなかった。
「正直言って、今まで僕は、恋愛はどうでも良かったんです。研究の方が面白かったので。でも……」
と言うと、うつむいていたRが私を見た。
「あなたを前にすると、熱情が止まらないんです」
彼の瞳は、熱を帯びて潤んでいた。
そして、彼は再びうつ向くと、床を見つめながらボソリと言った。
「まさか、研究室でこんなことをしてしまうなんて、自分が信じられない……研究室で……」
(私だって、こんなこと、映画やドラマの中にしかないと思っていたわ……)
私も、自分がこんな場面にいることが、いまだに信じられなかった。
秋の日は落ちるのが早い。
窓からはもう、夕日が射し始めていた。
Rは立ち上がると、暖房のスイッチを入れ、床に散らばった服の中から私のカーディガンを拾い上げて、私の肩に掛けてくれた。
「私たち、どうなるのかしらね……?」
窓のブラインド越しに、外のビル群をなんとなしに眺めながら、私はつぶやいた。
Rも窓の外へ顔を向け、伸びをしながら答えた。
「分かりません、どこまで行くのか……。
恐い気もしますが、でも、もうあなたのいない世界へは、戻れない」
(つづく……)
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