「逢いたかった……!」
Rは、四方の壁を埋めている本棚の中身を物珍しげにのぞいている私に歩み寄ると、
苦しいくらい強く抱き締め、叫ぶようにつぶやいた。
「私も」
私たちはしばらく、むさぼるように互いの口唇を吸い合った。
キスだけで、すごく感じてしまう。
いや、彼の指先が手の甲に触れただけで、仙骨から後頭部にかけて電流が走るような感覚を覚えるようになった。
こんなこと、今までなかった。
・
Rと初めて出逢ったのは、彼が教鞭を取る大学が夏休みの時期だったから、その月には3度逢えた。
今思えば、それはだいぶ逢えた方だった。
後期授業が始まると、逢える時間はどんどん減っていった。
この学問分野で第一人者の彼は、国内外から共同研究や基調講演、査読等々の依頼が、毎日ひっきりなしに舞い込んでくる。
加えて、受け持つ講義も増えてしまい、逢瀬(おうせ)に割ける時間は圧迫されていた。
「今度、僕の研究室へ来ませんか?仕事は抜けられないけど、仕事場で良ければなんとか逢えるから……」
と、電話の向こうでRが言った。
「仕事場!?」
と戸惑う私に、彼は答えた。
「大丈夫。個室だし、僕の部屋は、他の先生方の部屋が並んでいる廊下から離れているから」
毎朝目覚めると同時に彼を想い、下着が濡れてしまう私の體(からだ)は、
職場でも良いから彼に逢いに行きたがった。
「うん、行くわ」
頭で考えるより先に、口が返事をしていた。
・
3週間ぶりのデートだったが、3年くらい待った気がした。
その日私は、朝からウキウキする気分を、夫に覚(さと)られないよう苦心した。
「今日は、どこかへ出掛けるのか?」
朝食後のテーブルをさっさと片付け、洗面台の鏡の前で髪をとかす私の背後から、夫が聞いてきた。
「うん、今日は、高校時代の友達の○○ちゃんと、映画へ行ってくるの」
「はぁん……ずいぶん朝早くから行くんだな?」
「お互いに、子供が学校から帰ってくるまでには、家へ戻りたいからね」
あんなに恐がっていた夫に対して、平然と嘘をつく自分に驚く。
「ああ、そりゃそうだな」
自営業の夫は、朝の出勤時間がまちまちだ。
Rとのデートの日は、私はたいてい夫と息子を送り出してから身支度を始めるのだが、
この日は、夫がいつもより遅くまで家にいるから、困った。
しかし、夫は特に不審がることもなく、自分の事務所へ出勤する用意をしている。
私は化粧をほとんどしないから、仕度は早い。
櫛(くし)を置くと、すっぴんの顔に眉を軽く描きながら、鏡に映る夫の様子をそれとなく伺う。
背広を引っ掛け、カバンの中身を確認している夫は、何も疑っていない。
私は、視線を鏡の中の自分へ戻すと、Rを思い浮かべながら、紅いリップを引いた。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃぁい」
玄関ドアが閉まり、鍵をかける音を聞くやいなや、私は2階へ駆け上がった。
ウォークインクローゼットの中に設(しつら)えた収納棚の引き出しを開け、奥の方に手を入れる。
そして、普段用の地味なパンティやブラジャーの下にしのばせている、華やかな下着を引っ張り出した。
新婚の頃は、これでも夫を喜ばせようと、下着に可愛らしいものを選んでいたことがあった。
しかし、夫は私の下着などに興味を示さなかった。そんなことより、愛撫もそこそこに早くイきたがった。
私は、Rと付き合うようになってから、下着選びで悩めるようになったことが嬉しかった。
(あ、でも、今日は研究室へ行くんだっけ)
考えてみれば、彼の職場で下着姿になることはないのだから、今回は悩む必要がないのだ。
(つまらないな~。今日はハグぐらいで我慢か……。ううん、キスまでならできるわよね?)
と考えているうちに、
(いや、そんなでは全然足りないわ)
という思いが湧いてきた。
(そうだ!)
私は、自分が思い付いたあるアイデアに強く惹かれた。
それは、これまでの私では発想さえできなかったことだ。
(こんな事したことないけれど、やってみよう……)
妖(あや)しいいたずら心が、私をくすぐり始めていた。
(つづく……)
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