あれから2年が過ぎた一昨年のこと。
妹から、
「ママがお姉さんに会いたがってる」
とメールが来た。
妹に対する信頼は完全に無くしていたが、
母のことは気掛かりだった。
死を間近に感じているであろう高齢の母を苦しめることは、私の本意ではない。
私は介護施設に母を訪ねることにした。
母は涙を流して喜び、私を泥棒呼ばわりしたことを謝った。
妹も、私を無視した行動をしたことを詫(わ)びた。
私の潔白と無念な気持ちを分かってもらえたと思った私は、2人を許す気持ちになれた。
元々仲が良かった母娘姉妹の和解は早かった。
それから母が亡くなるまでの1年余り、
私は息子と共に時折母を見舞い、妹も交えて談笑したりして、和やかな時を過ごした。
母はすっかり安心し、満足げな様子だった。
最期は老衰で、苦しまず穏やかに逝けたので、良かったねと妹とも話していた。
その翌日のことだ。
あの遺言書が遺言執行人弁護士から送られてきたのは。
そして驚いたことに、
妹は、この弁護士と1年以上前に母と共に会っており、
遺言書の内容を全て知っていたのである。
この時の私の気持ちを想像できるだろうか。
・
私が母にいったい何をしたというのだろう?
私はずっと、母にとっての優等生だった。
母が私に期待した理想通りの進学、就職、結婚を選び、“いい娘”であり続けてきたつもりだった。
結婚後も姑との同居などで苦労したが、母にならって良き嫁、良き母になろうと努めた。
※詳しくは第1話に書いています↓
介護のとき、確かに行き違いはあった。
しかしそれとて、私の方が誹謗中傷を受けたのであり、母と妹が加害者だったではないか!
遺言書の日付を見ると、
私が介護施設で2年ぶりに母と妹に会い、
2人を許すことにした時より2ヶ月前に作成されていたことが判った。
つまり彼女たちは、あの時私に謝罪しながら、
腹の中には、この遺言内容をこっそりしまっていたのである。
なんという裏切りだろう。
妹には今さら驚きもしない。
しかし母は、私に見せていた笑顔の裏に、どんな本当の顔を隠していたのか?
母はボケていたのだろうか?
そう考えた方が楽だった。
しかし、妹や弁護士から話を聞けば聞くほど、
この不当に不公平な遺言内容を断固として推し進めたのは母の強固な意志であったことが分かってきた。
そればかりか、この遺言が絶対確実に実行されるよう、公正証書にまでして念を入れることも忘れなかった。
つまり、妹よりも、よほど頭が回っていたということになる。
私は母を問いただしたかった。責めたかった。
しかし、母はすでにいない。
まんまと死に逃げたのだ。
全てを計画し、全てを承知しながら。
死に際に見舞った私を前に、母はどんな気持ちでいたのだろう?
私は母や妹に対する怨嗟(えんさ)の思いを、まるで涙で洗うかのように三日三晩泣き明かした。
そうして少し冷静になってくると、
遺言書に書かれた母の"ある言葉"が、私の心の中に小さな違和感となって浮かび上がってきた。
一読した時の衝撃と怒りですっと読み流していたが、
そのありふれた1行の裏に、
実は、母が私にずっと以前から抱いていたのではないかと思われる隠された想いを、
私は感じ取ったのだ。
(つづく……)
※オススメ記事
※愉しんで頂けましたらポチッとお願いします★