Rによって徐々に體(からだ)が開かれていくにつれ、私は女の歓びを深めていったが、
同時に、
今まで味わったことのない苦しみも味わうことになった。
それは、體が業火(ごうか)に灼かれるような苦しみだ。
若い頃から一定周期で安定していた生理が、40歳過ぎてからは不順になり、月によってはなかったりしていた。
閉経に向かい始めていた。だが、
Rと付き合うようになってからは、再び周期は一定し、毎月来るようになった。
他にも異変は起きた。
彼を想う度に、下腹部にきゅうっと差し込むような鈍痛が走る。
乳房は張って熱を帯び、
乳首には白い液体がうっすらにじむようになった。
妊娠はしていなかった。
病気でもなかった。
では、この體の変化はいったい何だ?
まるで子宮が、いつ子を宿しても良いように準備を整え始めたようだった。
こんなことは初めてだ。
朝目覚めると同時に、Rを恋しく思った。
そして、濡れた。
なぜ違う男が隣で寝ているのだと、
體が今まで以上に拒絶反応を起こすようになった。
そんな重だるい體をベッドから引きずり出すと、朝食の用意をするために台所に立つが、
目は、包丁を握る手より、冷蔵庫に貼り付けたカレンダーに行く。
(次はいつ逢えるんだっけ?)
まだ2週間以上先だ。
土日を2回もやり過ごさなければならないのか。
旦那と連日過ごす日を、2回も……。
(待てない!今、Rに逢いたい……今すぐに!)
體の内側から咆哮(ほうこう)のような叫びが聞こえてくる。
子宮をねじられるように苦しい。
(逢えないのよ、解っているでしょう?それを承知で付き合っているのでしょう?)
どうどうと、理性がなだめる。
まるで、さかりのついた暴れ馬を體の中に飼っているようだ。
(ちゃんと朝食を作らないと……旦那に悟られないようにしないと……)
長年の慣れで、自動作業のように手を動かすことはできたが、心はRのところへ飛んで行っていた。
體は、その心に追い付こうと躍起(やっき)になっているのだ。
私は引き裂かれていた。
私はここにいない。
でも、體だけが取り残されている。
(Rに触れられたい!あの優しい胸に抱かれたい!……私はなぜこんな所にいる!?)
牝馬(めすうま)がいななき、暴れる。
今にも皮膚を突き破り、駆け出していきそうだ。
私は立っていられなくなり、床にへたり込んだ。
心拍は上がり、呼吸が早くなって、意識がぼーっとしてくる。
この症状に、覚えがあった。
Rと初めて会った日とその翌日、これと同じ症状になったことを思い出した。
私の體は、彼と出逢って間もなくからもう、恋に落ちたことを悟っていたということか?
もうすぐ夫が起きてくる。
(ほら、怪しまれないように、息を整えて、立ち上がって、朝食を並べるのよ)
とりあえず、2人を送り出してしまわなければ。
私は必死で體(からだ)を説得した。
(Rにはまた逢える……もう少しの辛抱だから)
食事の仕度をしている間、何度もカレンダーを見る。
見る度に逢える日が近付いてくるとでも信じているようだ。
「もう、辛いのよ。
朝目覚めると同時にあなたのことが思い浮かぶ。
そして、濡れてしまうの。
體があなたの元へ行きたがるのを、頭で必死に押さえているのよ。
血管の中をマグマが流れているようだわ。
なんとかして……鎮(しず)めて……」
昼に、彼の研究室に電話して訴えた。
「そんなに!?女性にそんな風に言われたのは初めてだなぁ……」
彼が照れたように言った。
1年にも感じられるほど長かった2週間が経ち、ようやく逢えると、
私たちはホテルの部屋へ入るなり、磁石のようにくっつく。
しかし、Rに抱かれながら私は不思議に思った。
あんなにも狂おしくRを求めているのに、
いざRに逢うと、欲情もするが、それよりも脱力してしまうのだ。
好きな男性を前にすると、緊張するものだと思っていた。
しかし、Rに抱き締められると、母に抱かれた赤ん坊のように安心する。
そして、もはや何の思考も浮かばなくなり、ただひたすらに快感の海へと誘(いざな)われ、漂い、潜(もぐ)る。
そして、家族といる時が最も緊張していることに改めて気付く。
私は、20年間火宅にいたのだ。
そこで踏んばって頑張れば、幸せな家庭を築けるとずっと信じていた。
しかし、心の中はケロイドだらけになった。
その膿(うみ)が全身に回り、ストレス性の難病やうつ病を引き起こした。
體の中でいななき暴れる牝馬(めすうま)は、色欲に駆られた激情というよりも、
火事場から逃れんとする私の本能だったのかも知れない。
私は確かに、女として大切に抱かれたかった。
でもそれ以上に、死にかけた魂を再生するチャンスを、必死でつかもうとしていたのだ。
私は、自分を生きたかった。
(つづく……)
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