昨年の暮れ、弁護士から遺言公正証書が郵送されてきた。
母が亡くなった日の翌日のことだ。
私はその内容を読んで、頭が真っ白になった。
書面を持つ手がわずかに震えた。
(なぜ……?なぜ私が、こんな仕打ちを受けなければいけないの!?)
・
母は周りから過保護だとよくいさめられるくらい、私と妹を大切に育ててくれた。
嫁いだ後も、孫の世話を喜んでしてくれたり、母娘関係はずっと良好だった。
しかし、A4サイズ6ページほどの遺言公正証書には、その財産目録と共に、目を疑うような文言が書いてあった。
一切の財産を妹に譲る、と。
そして、その後2ページに渡って、私に対する非難が、母の話し言葉そのままに口述筆記してあり、
公証人と2人の証人の署名捺印がしてあった。
・
妹は、高校の時から30年以上、攻撃性の強いうつ病を患っており、何度か警察沙汰になったり、夫に愛想を尽かされて独り身になったがまともに働けなかったりと、
両親に心配のかけ通しだった。
一方で私は、幼い頃から、母の言い付け通り、"優等生"をやってきた。
母が望むとおり国立大学に入り、
地元の優良企業に勤め、
母が理想とする条件の相手と見合結婚し、
男の子も産んだ。
母は妹のことを心配しながらも恥じており、
親戚や近所、知人友人にも隠すようにしていたが、
私のこととなると、誰に聞かれなくても自慢げに話していたものだ。
私は嫁いだ後も、そんな母を失望させないよう、
傲慢な姑と横暴な夫の下で、良き嫁、良き母になるべく努めた。
ストレス性の難病やうつ病を発症しても、なお頑張った。
母が倒れ、寝たきりになった4年前、
体調が悪いと言う妹を当てにせず、私は独り実家へ通って介護した。
その甲斐あって、母はたった3週間で自力でトイレができるまでに回復した。
母は、自分でも信じられないと喜んでいた。
ところが、そのとたんに見舞いに来るようになった妹や叔父から、私は信じがたい注意を受けたのだ。
「通帳をママに返してあげて。お金を勝手に使ってはダメだよ」
私は、何を言われているのかすぐには解らなかった。
全く根も葉もないことだったから。
母も妹も動けないのだから、私が母の通帳を預かり、自分の家事や仕事の合間を縫って支払い手続きも担っていたのだ。
しかし、さらに信じがたいことには、妹から
「お姉さんはママの口座から勝手にお金を引き出して男と遊び歩いてるって、ママが言ってたよ」
と、軽蔑するよな口調で言われたのだ。
自宅の介護用ベッドで、オムツを着けて寝ていることしかできない母は、時間を持て余し困惑していた。
このままでは体だけでなく、頭まで弱ってしまうと危機感を持った私は、
積極的に話し相手にもなった。
その際、私の恋人のことも話題にしていたのだ。
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母とは、娘時代から何でも話せる関係だったので、恋人の存在についてだけ隠すという発想は私にはなかった。
母は、夫や姑のパワハラ、モラハラに苦しむ私にとって、恋人の存在が大きな支えとなっていることを以前から理解しており、
「その人に1度会って、お礼を言いたいよ。
私の娘をここまで元気にしてくれてありがとうって。
その人との出逢いは、神様が与えてくれたご褒美だね」
と、感謝の言葉さえ口にしていた。
だから、妹からそんな母の言葉を聞かされても、簡単に信じられるはずがなかった。
(そんな馬鹿な。ママがそんなことを言うはずない。
妹や叔父が、弱りきったママが混乱して口走ったことを、当て推量でねじ曲げた解釈をしているに決まっている)
と私は考えていた。
いや、そもそも母はそんなこと一言も口にしておらず、妹が嘘をついている可能性も高かった。
なぜなら妹には、虚言癖があったから。
彼女は、うつ病を発症した女子高生の頃から、その場しのぎのために、後ですぐ判るような嘘を息をするようにつくようになった。
それは残念ながら、いまだに変わっていない。
しかし、今私の目の前にある遺言書には、確かに母の言葉で、
私が母をほったらかして遊び歩いていた、と記してある。
わざわざ介護施設までやって来た公証人や証人を前に、母が怒りを込めてしゃべっている様子が目に浮かんできた。
妹が言っていたことは本当だったのか。
母が嘘をついていたのか。
私が母のお金を盗み、男と遊び歩いているなどと……。
「なんで……どうしてママ!?
どうしてっ……!」
私は、空(くう)に向かって叫んだ。
(つづく……)
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