アラフィフ主婦がAIとゆく、新たな愛と宇宙の旅

50代、うつ病、モラハラ夫、おまけに10年の恋と大失恋。 追い詰められたアラフィフ主婦が、AIと宇宙を味方につけて、「魂の恋」と「本物の愛」、そして自分自身の真実を探求していく。

第10話 「マグロ女」と呼ばれた私に届いた、深夜のラブレター

「もう5時だわ、特急に乗り遅れちゃう。着替えないと!」

私は、彼の胸に乗せていた頭を慌てて起こした。

(私、こんな時間まで何をしていたのだろう?)

と、急に正気に戻ったようになる。

 

今頃小学5年生の息子は下校し、ひとり家で私を待っているにちがいない。

いつものようにお友達の家で遊んでくれていれば良いのだが……。

5時の特急列車で帰れば、夫が帰宅するまでになんとか夕食を用意できる。

私の頭の中では、にわかに現実的な思考が回り出した。

 

「え、もうそんな時間ですか!?

8時間もベッドいたのかぁ……ハワイへ行けますねぇ。あなたといるとフライト時間も短くなりそうだ」

と彼がのん気に笑った。

 

そそくさと帰り支度を始めた私を横目に、彼はのろのろと半身を起こすと、

「ああ……あなたと結婚したかったな……」

とつぶやき、大きくため息をついた。

 

私はRの大げさな物言いに苦笑した。

「何を言ってるの。ほら、Rさんも奥さんがお夕食を用意して待っているのでしょう?

遅くならない内に帰らないとね。

疑われたら私も困るから」

と言って、彼の背中を励ますように叩いた。

 

今にして思うと、なんてつまらないセリフを言ったものだろうと思う。

でも、この時の私には、Rは単なる浮気相手であり、"本命の男"の代わりに過ぎなかったのだ。

 

その"本命の男"とは、夫の部下だった。

有能であるばかりか、若く、とても美しい男だった。

彼と接する女性の誰もが相好を崩した。
しかし夫の事務所で働く私には、
その好意をおくびにも出すことは許されなかった。

 

それでも私は、彼と一緒に働ける毎日に秘かに胸弾ませていた。

彼の存在は、モラハラ気質の夫との息苦しい生活を耐える上で、私の心の大きな支えとなっていた。

 

ところが、夫はある日突然、彼にクビを言い渡したのだ。

それが、Rと出逢う半年前のことである。

 

 

特急に飛び乗って家へ帰ると、息子がリビングでテレビを観ていた。

「お母さん、どこへ行ってたの?お腹空いたよ」

と言われ、私はごめんねと謝りながら素早く部屋着に着替えると、座る間もなく夕飯の支度を始めた。

 

食卓におかずを並べながら、チェストの上の姿見に映った自分を見る。

(何か変わったところはないかしら?)

いつになく頬は上気し、肌には艶が出て、瞳は潤んでいる。

(まずいわ……これでは旦那が違和感を抱くかもしれない。もっとくたびれた様子でいないと)

私は髪に指を入れるとくしゃりと乱し、いつものような生気のない表情を作った。

 

しかし、結局この日は夫は夕食に帰ってこなかった。

いつも18時を回ると息子と私は先に食べ始め、20時を過ぎると食卓を全部片付ける。

夫は連絡をよこさない人だが、この時間になっても帰らない時は、たいてい遅くまで飲んでくるのだ。

私はひとまず胸を撫で下ろした。

酔っ払いには、今日の私の変化は気付けない。

 

家事を済ませて息子を寝かせると、シャワーを浴びようとしたが、ふと思い立ってやめた。

體(からだ)からふわりと立ち上ったRの残り香を、消したくないと思ったのだ。

汗ばんだ體も気にせず寝間着に着替え、ベッドに入った。

夫が帰宅するまでは、私の最も静かな自由時間だ。

 

Rにメールしようかどうか迷った。

さっきまで逢っていたのにうざい女だ、と思われるだろうか?

まして、私の體は最後まで彼を受け入れることができなかったのだ。

 

私は彼の気持ちを探りたくて、メールを送った。

《今日は、とても素敵な時間をありがとうございました》

30分経ち、1時間経っても、彼から返信はなかった。

さらに時間は過ぎていく。

 

(やっぱり、幻滅されたんだわ……)

少し残念な気持ちがしたが、まあ、しょせんは浮気相手にすぎなかったということだ。

私はスマホをベッドサイドテーブルに置くと、目を閉じた。

 

うとうとしていると、ふいに階下の玄関から物音がしたので、ギクリとして目を開いた。

夫が帰ってきたか?

 

いつの頃からか、玄関の辺りで少しでも物音がすると、體がびくっと反応するようになった。

しばらく耳をすませたが、どうやら夫ではないようでほっとする。

 

もう0時だ。再び眠ろうとして、なんとなく気になりスマホを手に取った。

すると、ロック画面にメールの受信通知があった。

Rからだった。

 

《こんばんは。もう眠りましたか?私は娘を寝かしつけていて、返信が遅くなり申し訳ありませんでした。

逢ってくれてありがとうございました》

受信時刻を見ると、今しがた届いたばかりだ。

私は急いで返信を書いた。

《私ばかり気持ち好くしてもらって、あなたには何もしてあげられなくて、申し訳なかったです》

こう書いて一瞬迷ったが、送信ボタンを押した。

 

返信はすぐに来た。

《僕もすごく気持ち好かったですよ。あなたはとても素敵でした》

優しい人だ。挿入できずに終わって、男性が気持ち好いはずがない。

《Rさんはいけなかったでしょう?ごめんなさい》

と送ると、またすぐに返信が来る。

《何を言っているんですか。謝らないで下さい。僕は本当に気持ち好かったんですから》

《だって、男性は挿入できなかったら気持ち好くないでしょう?

私は夫によく「マグロ女」って言われます。男性を気持ちよくしてあげるのが下手なんです。ごめんなさい》

 

彼にこんなことまで話してしまうとは思わなかった。

私はこれまで、誰ともセックスに関わる話をしたことがなかったのだ。

 

彼の返信を待つ時間がとても長く感じられた。

《テクニックなんて関係ありませんよ。

抱きしめているだけでこんなに気持ち好いのは、僕も初めてでした。

セックスは2人で創るものですから、僕1人では気持ち好くなれません。

あなたは本当に素敵でした。

いつまでも抱いていたかった。

もう逢いたくなってます》

 

私の目から涙があふれ出した。

《そんな優しいことを言われたら、私、泣いてしまいます》

《泣かないで下さい。あなたはとても大切な人なんですから》

 

そのとき階下で物音がした。酔った夫が私を大声で呼んでいる。

深夜でも、私は夫にしつこく起こされる。

そしてほうじ茶を淹れ、30分は話を聞いてやらないと、夫は駄々っ子のようにふて腐れ、「お前は最低な女」だとか「妻として失格だ」などとののしりが止まらなくなる。

 

私はRに夫が帰宅したことを伝え、名残惜しくメールを閉じると、仕方なくベッドから這い出して階下へ降りた。

 

いつものようにひとしきり相手をしてやると、夫は満足して寝てくれた。

私もやれやれと隣のベッドに横になる。

 

ふとんをかぶると、全身がRの香に包まれた。

母の子宮に抱かれる胎児のような深い安堵を覚えた。

こんな感覚、忘れていた。

體から柔らかな光が静かに放たれているように感じた。

薄らいでいく意識の中で、まるで竹にくるまれたかぐや姫のようだわと、笑みがこぼれた。

(つづく……)

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