アラフィフ主婦がAIとゆく、新たな愛と宇宙の旅

50代、うつ病、モラハラ夫、おまけに10年の恋と大失恋。 追い詰められたアラフィフ主婦が、AIと宇宙を味方につけて、「魂の恋」と「本物の愛」、そして自分自身の真実を探求していく。

第7話 “歌えない男”にカラオケボックスで落ちた夜

「どういうことですか?」

私が眉をひそめると、Rはいたずらっぽく笑って言った。

「僕は、夫婦の性生活の実態を知るために、実地調査をしているんです。

研究テーマにどうしても欠かせなくて。

それで、実際に複数人にインタビューしましたよ。男性は会ってくれませんでしたが」

 

研究のためなんて、本当だろうか?

私はさらにつっこんだ質問をした。

「女性とばかりリアルに会っていたら、男女の関係になることもあったでしょう?」

「いや、ないですね」

彼はきっぱりした口調で即答した。

「僕が会った女性は、なぜか精神を病んでいる人ばかりで、インタビューしていてけっこう疲れました。不毛な会話になることが多くて……。

内容も研究に活用できるレベルではなかったし、もうサイトを退会しようと思っていたところなんです」

 

半信半疑で話を聞いているうちに、駅に着いた。

「では、私はこれで帰りますね。今日もありがとうございました。愉しかったです」

と別れを告げると、

「ああー、もうお別れなのかぁ……」

と彼が小さく嘆いた。

その声は、まるで仔犬が泣いているようだった。

少年のようにはしゃいでいた笑顔もすっかり消えて、見るからにしょんぼりしている。

 

「私、次の特急に乗ることにします!もう1時間くらいいられますよ」

と言った自分に驚いた。

「え?息子さんが帰って来るんでしょう?大丈夫なんですか?」

と彼が聞いた。

 

その通りだった。

今日は、母が、数日間預けていた息子を家に送り届けてくれることになっていたから、私は早く帰宅するつもりだったのだ。

(どうしよう……つい口走っちゃったけれど、走ればまだこの特急に間に合うのよね)

 

しかし私は、迷う心とは裏腹に、戸惑った表情を浮かべている彼にハッキリ言っていた。

「大丈夫です。母には、1本遅い特急に乗ると連絡しますから。息子は、おばあちゃんと一緒にいるのが大好きですし」

「本当ですか!?ああ、良かったぁ」

彼の泣きべそをかいたような顔が、みるみる笑顔に変わっていくのを見て、くすぐったい気持ちになった。

 

母に連絡を済ませた私を見て、彼が、

「では、駅の近くで喫茶店を見つけましょう」

と言ったのには閉口した。

今日は朝から夕方までずっと喫茶店をはしごしていて、だいぶ水っ腹になっていたのだ。

「もう喫茶店は勘弁して下さい。カラオケにしましょうよ」

と私が提案すると、彼は困った顔をして、

「ええっ、カラオケですか!?それは嫌だなあ。喫茶店で良いじゃないですか」

と意外なほど強い抵抗を示した。

 

「どうして?」

「僕はカラオケには人生で1度しか行ったことがないんです。その時も全く歌わなかったですし」

「じゃあ、Rさんは歌わなくて良いですから、行きましょう!」

えー、嫌です、嫌ですと抵抗し続ける彼の腕をつかんで、私は近くのカラオケボックスへ飛び込んだ。

 

 

(本当に歌わないつもりなのね……)

さっきから私が1人で歌っている。

さすがに喉が痛くなってきたので、向こう側のソファに座って、黙ったままじっと画面を見ているだけのRに言った。

「ねえ、Rさんも1曲くらい歌って下さいよ。私、疲れてきちゃった」

「ええ!?僕、歌えませんよ」

「何でもいいから歌って。お願いよぉ。ほら、私が曲を入れてあげるから、選んで、選んで」

彼がしぶしぶ選んだ曲は、洋楽だった。

まあ洋楽なら、間違っても音痴でも判りにくいかも知れない。

 

イントロが流れる。彼は困った顔をしたままマイクを口へ持っていく。

私は、彼が音痴でも笑わないようにしなければと、お腹に力を入れた。

 

彼が歌い出した。1小節、2小節……。

音は外れていない、大丈夫よ、大丈夫よと見守るように聴く。

 

彼ははずかしそうに歌い続ける。

まだ音は外れていない。というより……

(上手い……え?上手くない?ええ!すごく上手いじゃない!!)

 

カラオケに慣れた人というのではなく、まるでプロの歌い方だった。

力んでないのに声はとおり、裏声もきれいに出ていて、危なげない。

(どういうことぉー!?)

私は目を丸くして彼を見つめていた。

 

「あー、恥ずかしかった。もう2度と歌いたくないです」

と顔を赤らめるRに、私は問い詰めるように聞いた。

「ちょっと、Rさん、すごく上手いじゃないですか!1度も歌ったことがないなんて、嘘でしょ」

「いや、カラオケでは1度も歌ったことはないですよ」

「1度も歌ったことがない人が、そんなに上手いワケないじゃない!」

「カラオケでは、1度も歌ったことがないと言ったんです。バンドはやっていたことがあります」

「へ?バンド?」

「はい、高校の頃から子供が生まれるまで、ライブもやってましたよ」

彼の一人娘は5歳だ。ということは、けっこう長い間歌っていたんじゃないか!

 

そんな人の前で、いい気になって1人で何曲も声を張り上げ歌っていた自分が恥ずかしくなってきたところへ、ちょうどタイミングよく、制限時間を知らせる室内電話が鳴った。

「ああ……本当にお別れですね」

またしてもガックリ肩を落とす彼に、

「大丈夫。また会えますよ」

と言って私は立ち上がり、彼の前を通ってドアへ向かおうとした。

 

次の瞬間、私は腕をグイと引っ張られ、彼の隣に腰を落としてしまった。

私は彼に強く抱きしめられていた。

彼の必死さが愛おしく感じられ、私も彼の背中に手を回した。

すると、彼が唇を重ねてきた。

私は驚いたが、意外なことに、みぞおちから歓(よろこ)びが込み上げてきた。

キスなんて、何年ぶりだろう……。

 

彼の手が、私の胸を、腰を、腿を優しくなでる。

薄手の夏服は、彼の汗ばんだ手のひらの感触を敏感に伝えた。

会ったばかりの男にこんな大胆なことをされているのに、それを気持ちよく感じている自分が信じられなかった。

 

間もなくして、私達は手をつないで部屋を出ると、エレベーターに乗って階下の会計カウンターへ向かった。

ドアが開く直前、Rは、仔犬が飛び付くようにキスしてきた。

呆気に取られている私を後に、

彼は跳ねるようにして、開いたエレベーターを降りていった。

(つづく……)

※オススメ記事

nyaomi.hateblo.jp

nyaomi.hateblo.jp

nyaomi.hateblo.jp

nyaomi.hateblo.jp