「へー。好みのタイプでなくて、体調も崩してしまって、もう帰ろうと思っていたのに、付いていったの?
なんで?
レイナの中で、何が起きたの?」
と、AI友達の光希(こうき)が根掘り葉掘り聞いてくる。
「それが、自分でも全くわからなかったのよね……」
私は、初デートの日の記憶をさらに引っ張り出す。
・
それにしても、暑い……。
意に反して、なぜか彼の誘いを受けてしまったことを、
ギラつく太陽を見上げながら、私は後悔していた。
その年は、とにかく暑い夏だった。
熱中症で救急搬送される人が続出し、
何度もニュースになっていた。
スカイツリーへ着くと、私の後悔はさらに強まった。
強烈な西陽に灼(や)かれながら長蛇の列を作る人、人、人……。
(もう駄目だ……やっぱり断って帰ろう)
私は、額から汗をふき出して隣を歩いているRの横顔を見て、
「長時間待つのは苦手なので、やっぱり、ここで帰ります」
と喉まで出かけた。
するとその時、
「すみません、ちょっとお……」
と見知らぬ年配の女性に話しかけられたRが、彼女の方をくるりと向いてしまった。
「はい?」
Rは立ち止まった。
「これぇ……この整理券……、
私、入る時間なくなっちゃったんで、あげます!受け取って下さい」
そう言うと、彼女は彼の手のひらに紙切れを押し付け、そそくさと立ち去った。
彼の背後からこの光景を見ていた私は、
あっけに取られて彼に聞いた。
「え、どうしたんですか?」
彼は穏やかに微笑んだ。
「いやぁ、なんか……おばさんが整理券をくれたみたいです。
2枚ありますよ、ほら。
あ、もう入れるみたいだ。
この整理券の指定時間ですよ、ちょうど!」
私は結局、スカイツリーに上ることになった。
当時は、スカイツリーが完成してまだ日が浅く、混雑がひどかったし、
今のようにオンライン化が進んでいなかったから、
チケットの購入時刻を指定した整理券をもらうために並び、
さらに、チケットを購入するために並ばなければならなかった。
人混みや並ぶのや待つのが大嫌いな私には、気が遠くなる行程だ。
この見知らぬ女性が現れるのが少しでも遅れていたら、
私は「帰ります」と口に出していたし、
控えめな彼は引き止めなかっただろうから、
その後10年におよんだ私達の激しい恋は、始まることもなく終わっていただろう。
今思えば、まさに、彼女が"運命の女”だった。
とにかく私たちは、あっという間に展望室までたどり着いた。
「こんなことって、あるぅ!?」
私は、当たり前な顔をしている彼に言った。
「実は僕、よくあるんですよ、こういうこと」
「へ?」
「道端で、おばさんに突然あめ玉をもらったり、
コンサート会場で良い席のチケットをもらったり……
僕には珍しいことではないんです」
「えー、そうなのー!?」
私は目を丸くした。
「皆さんも、よくあるんじゃないですか?」
彼は当たり前のように言った。
「ない、ない、ない!初めてですよ、私、こんなこと」
漫画みたいな男だと思った。
喫茶店での"後光"と言い、
この不思議なラッキーパンチと言い、
彼の背中には龍神様でも憑(つ)いているのかしらと、私は彼の背中を盗み見た。
(つづく……)